隅田川、花より団子

桜の墨堤
桜の墨堤

隅田川の桜

隅田川の台東区浅草側と墨田区向島(むこうじま)の両岸は桜の名所。春は桜で始まる。

特に向島の墨堤(向島の土手と土地の人は言った)は向島の花柳界から芸者衆がでてお茶の接待所が設けられて、向島1丁目から5丁目までの売店が並び大賑わいの花見になる。

ところでこの墨堤の桜の由来は1717年にさかのぼる。当時の桜の名所は何と言っても上野の山だったが八代将軍吉宗が菩提寺、寛永寺がある上野界隈で花見で騒ぐのは憚れると庶民が楽しめる桜の名所を作るべく墨堤に桜を植えるよう命じたことに始まる。

以来、向島の春は花見客でにぎわい、夏は両国の川開き(隅田川の花火)、そして向島の花柳街の繁栄へと繋がっていった。

墨堤の賑わいと切っても切れない銘菓について話したい。隅田川に架る桜橋の向島側の橋詰にある2軒の和菓子店の名店だ。

長命寺桜もち(屋号は長命寺桜もち山本や)

長命寺桜もち将軍吉宗が墨堤に桜の名所を作るよう命じた1717年に、長命寺の門番をしていた山本新六(長命寺桜もちの創業者)は、桜の季節に大量に出る桜の落ち葉の始末に手を焼いていた。

そこで桜の葉を塩漬けにして、桜もちを向島長命寺の門前で売り始めた。薄い皮であんをつつみ、塩漬けしたさくらの葉に巻いて売ったところ大変な売れ行きになった。

大当たりを物語る文献があるという。1825年に書かれた記録によるとその年塩漬けの桜の葉が漬けられた樽は31樽。1樽約2万5千枚入るので合計77万5千枚使われた。当時桜もちは一つの餅に対し2枚の桜の葉が使われていたので38万個余りの桜もちが売られたことになる。

長命寺の桜もちの桜の葉は今日、静岡県西伊豆の松崎町で生産されている「オオシマザクラ」の葉が使われている。葉が大きくやわらかく桜もちに最適という。桜の葉は塩漬けの過程で葉が発酵してクマリンという独特の芳香物質が発生し、これが桜もちに独特の香りと味を加える。

桜もちには桜の葉が三枚巻かれているが、現在の店主の山本さんによると、桜もちの味を楽しんでいただければということで、何枚桜の葉を巻いて食べるかは、お客様のお好みで自由に楽しんでほしいとの事だった。

3枚食べるのが江戸っ子だという人もいるが、3枚重ねて食べると塩漬けの桜の葉の味が桜もちの味に少々勝ってしまう気がする。熱い銭湯にやせがまんして入っているような気がしないでもない。

私は3枚の葉の1番内側に巻かれている、一番やわらかい葉一枚でくるんで食べるのが好きだ。桜もちと一緒に出される煎茶がまたおいしい。桜もちを食べた後煎茶と残りの桜の葉をいただくのもおつである。

長命寺の桜もちは文人に好まれ、かってはよく句会が催されたという。正岡子規は桜もち山本やの2階に3ヶ月滞在している。句を詠みながら、桜もちを食べたというのも風流な話だ。

正岡子規は桜の葉を何枚巻いて食べたのかな?

言問団子(ことといだんご)

言問団子長命寺桜もち山本やの少し先にもう一つの名店「言問団子」がある。
まん丸で小豆色、白、黄色の三色の団子だ。

幕末の創業時、桜もちに比べ、なかなか売れなかった。見かねた長命寺内の隠氏、花城翁が外山佐吉(創業者)に在原業平が詠んだ「名にしおはばいざ言問はむ都鳥我が思ふ人はありやなしやと」に因んで言問団子と名付けて売り出すよう奨めた。他に名案もない佐吉はその話に従った。佐吉は団子でなく言問団子という今様に言えばブランド化を成し遂げ評判になって明治初年の江戸っ子に知られようになったという。

外山佐吉は文学に造詣が深く、数多くの文人たちと交流があったそうだ。明治、大正、昭和と言問団子は多くの作家に愛された。

野口雨情は言問団子を食べに来店し、「都鳥さえ夜長のころは水に歌書く夢も見る」と詠んでいる。

言問団子は米粉の餅を小豆のこしあん、白あんで包んだもの、白玉粉の餅に味噌あんを入れ、くちなしの色素で黄色く染めた求肥で包んだものの3種類。品のいいうま味のお団子だ。

中里恒子、平林たい子、園地文子、宇野千代、大原富香、森田たま、吉屋信子と昭和の一流女流作家の寄せ書きした色紙が残されていて、かつては店内に飾ってあった。お宝だ!皆さんはどのお団子を好まれたのだろう。

言問団子の娘さんはTBSラジオのアナウンサー外山恵理さん。毎週金曜日の午後1時からの「たまむすび」という番組のパーソナリティーとして活躍している。彼女が昭和の時空に戻り、名だたる昭和の大作家にインタビュー出来ればバーチャルの面白いゲストとの対談になったかも。「先生は、どの言問団子がお好きですか?こしあん?白あん?みそあん?」面白い話が聞き出せたかもしれない。

1717年創業の長命寺桜もち山本や、幕末創業の言問団子。桜もちはは300年以上、言問団子は150年以上和菓子のユニークな個性を今日まで持ち続けている。両ブランドの個性は機能的価値(製品の特性)と非機能的価値(個性を作る墨堤・向島と文人の絆)に裏打ちされ、継続された。

ブランドとは何か?を学ぶすばらしい実例がここにある。


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