ブランド・パーソナリティ
消費者のブランドの選択は個々のブランドの持つ全体像に基づいている。これをブランドの持つ価値(Brand Value)とかブランドの財産(Brand Equity)などと呼ばれていたが、JWTではブランドの個性(Brand Personality)と定義していた。
ブランドは人間のようなものだとしたこのアナロジーは的確な全体像の描写でブランドの個性を生き生きとさせる。人間は一人一人特徴を持っている。容姿、能力の違い、ライフスタイルや態度、癖、友人などいろいろな属性を混ぜ合わせたもので他のだれとも違う。同じようにブランドもブランドの全体像の図にあるようにいくつかの属性のユニークな複合体だ。人のように個々に違った個性を持っていて、消費者がその全体像をどう見ているかを知ることが大切だ。
ブランドの個性に影響を与える刺激は多くの要因が影響する。製品、メーカー自体、ブランド名、パッケージング、広告、プロモーション、価格、流通、店頭(ベンディング・マシンを含む)、ユーザーと使われ方などが絡み合って全体像を作っている。メーカーがコントロールできるものもあればできないものもある。広告はコントロールできてブランドの個性に強く影響する要因と言える。
ブランドの個性を念頭にペプシコーラのコカ・コーラに対する挑戦について考えてみたい。
ペプシ・チャレンジ
アメリカでは屋外市場(レストランなどを含めた、屋外で消費する市場)はコカ・コーラが強く一方、ペプシコーラは屋内市場(家庭内で消費する市場)で善戦していた。
コーラという製品自体、価格も同等な競合環境でソフトドリンクのカテゴリーリーダーとしてコカコーラが君臨していた。
一方、ペプシに巻き返しの機会があった。ペプシコーラは製品テストでブランドを伏せた目隠し試飲テストで甘味の強いペプシコーラが好まれることが分かった。ブランドで実際にはコカ・コーラが選ばれていることを逆手にとってペプシはブランドを明かさず、目隠しの飲み比べテストに踏み切った。所謂ペプシ・チャレンジのスタートだ。
目隠しテストでの選好率は52%がコカ・コーラ、48%がペプシコーラと甘味料の多いペプシが目論見通り、拮抗した。コカ・コーラ愛飲者がテストでペプシを選び「えー、うそ-!」と言ったハッピーサプライズがあった。
ペプシ・チャレンジ第二弾
この目隠しテストを使ったペプシ・チャレンジは大きな反響を起こしたがチャレンジ広告の第二弾は目隠しテストを離れ、ユーモアたっぷりでエモーショナルな“チャレンジ広告を展開。コカ・コーラとペプシコーラはボトラーから小売り店に直販するルートセールスを行っていたが、両ブランドともロゴを載せたルートカーを使って製品を配送していた。高速道路でペプシコーラのルートカーが先行するコカ・コーラのルートカーを抜き去っていく広告でチャレンジを表したり、映画のETを擬え、UFOが地上に近づき店頭に並ぶコカ・コーラとペプシコーラのベンディング・マシンからペプシの方をUFOが選ぶといった広告など、シリアスなテストではなく”チャレンジ“というブランドのエモーショナルでユーモアたっぷりな広告を通しコカ・コーラの牙城に迫った。
ここで指摘したいのはペプシコーラは1960年代から継続してペプシ・ジェネレーションという若者を主要ターゲットとして若者の不満を理解し、希望を与えるエモーショナルな広告をアピールし、好ましいブランドの個性を作っていた。このことが若者が望む”チャレンジングなブランドの個性に繋がっていったと推察する。
迎え撃つコカ・コーラはオリジナルのコカ・コーラに替え、コカ・コーラ クラシックを導入したが、オリジナルのコカ・コーラを愛飲していた消費者に不評でコカ・コーラ クラシックは拒否され、コカ・コーラ離れを招いた。
1980年にはペプシコーラがコカ・コーラを抜いてトップに躍り出た。
本物のコーラとしてオリジナルのコカ・コーラを愛する人々を失望させた誤りは大きい。ペプシジェネレーションの基本戦略はその後も継続され1990年代には”Pepsi, The Choice of a New Generation”として当時若者に圧倒的な支持を受けていたラップ歌手のMCハマーを起用。その後マイケル・ジャクソンの登場につなげていった。
しかし日本では…
日本ではブランドの圧倒的な支持を1950年代から築き上げたコカ・コーラはペプシの追従を許さなかった。
アメリカの成功を見たペプシは1981年にまず北海道で目隠しテストのペプシ・チャレンジを導入した。目隠しテストでは2人に1人、ペプシが選ばれた結果、目隠しテストのキャンペーンは全国の主要マーケットに展開されていった。日本で初めての比較広告として広告業界で話題になったが、ペプシ・チャレンジの成功はなかった。アメリカと違い主消費者層である若者のペプシコーラの支持が強くないことがあげられる。日本ではアメリカのペプシ・ジェネレーションのような長期にわたるブランド広告が行われなかった結果、日本でのペプシコーラの若者の支持は弱く、ポジティブにペプシチャレンジが機能しなかった。
アメリカと違いコカ・コーラは日本市場では圧倒的な流通力、屋外広告等のブランドビジビリティでペプシコーラを寄せ付けず、質量とも圧倒的なコカ・コーラの広告で1960年代までに「スカッとさわやか コカコーラ」の一貫したメッセージを通して、のどの渇きを癒すというソフトドリンクカテゴリーの動機付けのアピールを占有した。コカ・コーラが消費者に圧倒的に支持されている競合環境ではチャレンジは成功しない。
日本での新たな挑戦
1997年にペプシはそれまでの17ボトラーによるフランチャイズ制を撤廃し日本でのパートナーをサントリーと組むことになった。
サントリーという強力なパートナーを得たペプシは新しいチャレンジに取り組むことになった。2015年から2017年には新しい“ペプシ・チャレンジ”が始まった。
コカコーラを赤鬼に見立てペプシを桃太郎としてキジ、犬、サルを連れて自分より強いヤツを倒せと一般からの援軍を募り鬼に立ち向かうストーリーのウェブ広告でペプシチャレンジを再出発させた。
ソフトドリンク市場は多様化し、若者の選択オプションが増えて、かつてのようなコカ・コーラとペプシコーラの二者択一の状況にない。こうした環境で果たしてペプシ・チャレンジは話題の中心になれるのか?
日本でもペプシ・チャレンジのチャンス到来
アメリカのペプシ・ジェネレーションの若者向けのブランド広告はターゲット層である若者の深い理解に基づいている。今日の若者の持つ希望、不満はどのようなものか?彼らは何を目指しているのか?といった点を解明する必要があると思う。
また彼らはコカ・コーラとペプシコーラをどう見ているか?今日の若者のチャレンジとは何か?ペプシはどう貢献できるか?そうした若者のインサイトを検証すべきだ。この厳しい環境下の今日の若者の気持ちを知りたい!
時代が変わり、コカ・コーラのかつての強いブランド個性が若者の心から薄れたとすればペプシ・チャレンジのチャンスだと思う。当時のアメリカのペプシ・ジェネレーションのGIVE/LIVEキャンペーン広告で曰く、「君たちにはたくさん得ることがあり、ペプシはたくさんあげることができる!」と。