刑事フォイル
アガサ・クリスティー原作のポアロの脚本を手掛けたアンソニー・ホロビッツが原作、脚本を手掛けた刑事ものの傑作だ。ホロビッツはフォイルを警視正(格から言うと警部のモース、フロスト、ルイスより上級職)として第二次大戦中(1940/5)から戦後(1947/1)までの長い期間にわたる彼の捜査活動を描いている。2002年から2015年までITVより25話(28回)放映されている。
22話までは舞台はイングランドの東南のイースト・サセックス・シャーのドーバー海峡に面した歴史あるタウンのへースティングズ。ストーリーの主要登場人物は警視正のクリストファー・フォイルと部下のポール・ミルナー、サマンサ(通称”サム“)・スチュアートの三人。ミルナーはノルウェー戦線で負傷し、傷病兵として帰国していたがフォイルが巡査長として部下に迎えた。サムは陸軍から補充したフォイルの専属女性運転手。
ミルナーは負傷の後遺症で歩くのに少し足を引きずる。自らの体験から対ドイツ、特にヒットラーに対しては苦々しい思いを心に秘めている。しかしポーカーフェイスで表情を顔に出すことはめったにない。性格は温厚で誠実、フォイルの緻密な捜査方法に傾倒し、フォイルへの忠誠心は強い。
サムは純真で活発。かわいいキャラクターだ。フォイルの運転手としてだけでなくフォイルとミルナーの手掛ける事件に自分も役立ちたいと思っている。そのため時にはIRAの時限爆弾などの危険な目に合ったり補給燃料の抜き取りのからくりを見破ったり、事件に巻き込まれハラハラさせられるが彼女の機敏な行動と機知で乗り越えていく。三人のキャラクターがそれぞれ際立っているだけでなくこのドラマをまた見たいと思わせる3人のハーモニーがいい。
事件の解決だけでなく“人間ドラマ”としての感動を与えるところが良さだろう。
フォイルの戦い
同じ刑事ものでもフォイルはフロストやモースの様にたたき上げの強引な捜査手法をとる刑事ではなく、経験豊かな警視正として描かれている。沈着冷静、几帳面で理知的。誠実で正直なるがゆえにフォイルの戦いは犯罪者のみならず、政治家・官僚そして警察上層部とも時には闘う。
彼の“War”は奥が深い。25話中22話まではへースティングズ中心とした第二次大戦中の1941/1から1945/5までの戦時下の話。テーマは様々で枢軸国側に絡む犯罪、空襲下のロンドンや統制経済下の話。英国漁船が総出でダンケルクから英兵を救出する話と親枢軸国シンパのサボタージュ。ロンドン空襲に絡む殺人と美術品の窃盗。IRAの絡むガソリン抜き取り犯罪等々当時の英国の苦しい戦時下の生活が演出され巧みな伏線で観る者は最後まで息を吞む。
フォイルは8年前に妻を亡くして独身。一人息子のアンドリューは空軍のパイロット。戦友とエースパイロットを競う空の英雄だ。懐かしい当時の英国の主力戦闘機のスピットファイアが出てくる。70年も前の戦闘機のレシプロ・エンジンの音は迫力満点だ。(戦勝国だから残ってる!)ドイツのメッサーシュミット戦闘機と空中戦を戦った1940年のイギリス防空戦(Battle of Britain)を彷彿させる戦いの話。
この戦いでスピットファイヤー戦闘機はイギリスをドイツ空軍から救ったが戦記物にせず、むしろ戦時中とはいえ若いパイロットの男女関係の悩みとホモセクシャルの問題など若い世代の人間的問題を中心に置くホロビッツの脚本は複数の話が並行して進みプロットが複雑でそれをよく理解していないとストーリーが把握できなくなる!何回見ても面白い所以だ。
さらにアンドリューがテストパイロットとしてレーダーのテストに携わる話は当時のレーダーの技術が高度なものだったことが理解できる。(当時の日本ではここまで進んでいなかった!)
アメリカの参戦がなければ英国は対独戦に苦戦を強いられたことなど歴史の事実を理解できる。米軍の物資力の豊富なことがうまく描かれている。
フォイルの趣味
フォイルの趣味は川のルアーフィッシング。(へースティングズはドーバー海峡に面しているが海釣りは穏やかなフォイルに似合わない!)釣った川マスをフォイルがソテーする。やもめ暮らしで自炊もするが暗さはない。キッチンには当時すでにビルトインオーブンがあり彼我の差に驚かされる。
ある日フォイルは進駐してきた米軍の将校とルアーフィッシングに出かけるが米軍の将校が自身の最新式の米国製釣り道具とフォイルの使い込んだ道具との交換を所望。米軍将校はフォイルの使っている釣り道具にアンティークの価値を感じ、魅力に思ったのだ。新しい技術のアメリカがイギリスの歴史に一目をおく当時の米国と英国の価値観の違いを示唆するシーンだ。
クリスマスが来て押収した闇取引の七面鳥をフォイルの決済で食べることができ、サムはじめ、署員は大喜び。皆、年明けは終戦だと願う。
フォイルの戦後
1945年5月に苦しく、長い戦争が終わり、戦後がはじまる。戦後は経済の復興が最課題となり、総選挙で保守党は破れ、労働党が政権を取る
フォイル、ミルナーそしてサムの人生もそれぞれに変わっていく。
ミルナーは警部に昇格しへースティングズ署で活躍していく。(23話からはMI5の話でミルナーの出番はない)
サムの夫になったアダム・ウエインライトが労働党より立候補しサムの天衣無縫な活躍もあり、アダムは当選。サムは国会議員の妻となる。サムはフォイルの部下としてMI5の仕事を続けるが諜報機関あいての危ない仕事にハラハラさせられる。(妊娠しているサムはそろそろ限界と感じる)
ところでフォイルは戦後真っ先に取り組まなければならない事件があった。戦時中、英国はアメリカから50隻の中古の輸送船の貸与を受けることになったが、米国の特使として中古船の引き渡し交渉にきた財界人が、実は大学時代の英国人の学友が発明した車の自動変速機のアイデアを盗用しアメリカで財をなした。英国に特使として来た際かの学友に子供の大学の学費を無心され彼は秘密が漏洩する恐れから学友を殺害してしまう。
車の知識が豊富なサムが学友の遺品が自動変速ギアの部品であることを特定したのが発端でフォイルは特使の殺人を突き止める。特使なるが故に殺人犯の彼がアメリカに戻ることを黙認したフォイルは“戦争はいつまでも続かない。終わり次第必ず逮捕する”と誓う。戦後の初仕事としてアメリカに向かう。その後この話はどうなったのか語られていない。アメリカでFBIとひと悶着あったというが………
フォイルの新たな闘い
フォイルの捜査手腕は政治犯、経済犯とスケールが大きくその能力はMI5に高く評価され、警察の手法を取り入れたいということでMI5に招かれる。戦後の冷戦に巻き込まれる新たな”闘い“だ。フォイルの仕事はロンドンのMI5(保安部)になる。
MI5特殊作戦執行部のビルダ・ピアースと任務を遂行する。23話から25話はこうした諜報活動の話でフォイルの新たな活躍は25話で終わった。
最終回でピアーズは自分の妹の様に手塩にかけ育てた若い諜報部員が無責任な担当上司により敵地に送りこまれ敵に拘束されて、拷問を受けて銃殺されてしまう。ピアーズは憤りを感じ彼女を無駄死にさせたこの担当を糾弾し、手りゅう弾で一緒に自爆する。
ピアーズの死後、フォイルは冷戦下MI5の新しい動きを察知する。まだまだ物語は続くという期待感を残しながらシリーズは終わった。
長いオーバーコートを着たフォイル役のマイケル・ロイ・キッチンの演技はジム・パーカー作曲の哀愁あるテーマ曲とともにいつまでも心に残る。
フォイルは25話までの間に劇中何回か辞表を出して辞職している。正義を曲げることには断じて納得できないのだ。しかしMI5には辞表は書いていない!サム役のハニーサックル・ウイークスはインタビューで感傷的に思い出を語り、出演継続を望んでいる。
Foile’sWarがまたはじまるかもしれない!ホロビッツ次第かな?