「LUX FROM ENGLAND!」
LUX(ラックス)は戦後進駐軍と共に日本に入ってきた。
その質の良さ、香りのよい高級品でなかなか手に入らなかったそうだ。
今でこそLUXはヘアケアブランドとなっているが1970年代までは化粧石鹸のブランドだった。
1950年代にはラックスはユニリーバの輸出部門のユニリーバエキスポートが英国から輸出し、商社のドッドウエルを通して日本市場に流通していた。当時、化粧石鹸はお中元・お歳暮の主要品目であった。
LUX(ラックス)は戦後進駐軍と共に日本に入ってきた。
その質の良さ、香りのよい高級品でなかなか手に入らなかったそうだ。
今でこそLUXはヘアケアブランドとなっているが1970年代までは化粧石鹸のブランドだった。
1950年代にはラックスはユニリーバの輸出部門のユニリーバエキスポートが英国から輸出し、商社のドッドウエルを通して日本市場に流通していた。当時、化粧石鹸はお中元・お歳暮の主要品目であった。
七尾にいた少年時代、母が洋画ファンだったこともあり洋画の思い出が強い。
母に連れられて映画に行くのが楽しみだった。
初めて見たカラー映画はロシア映画で「石の花」。モノクロの画面に着色したような画面だった。
本格的なカラー映画は5歳ころに観た「小鹿物語」、覚えている筋はグレゴリー・ペック扮する父親が森で毒蛇に咬まれ、その解毒のために母鹿を殺してその肉を応急手当に使う。
その時父親と一緒だった息子は死んだ母鹿といた小鹿を忘れられず父に家で飼う許しを得て森に探しにいく。草むらを分けてそこに座っている小鹿(原題”The Yearling”)を見つける。グリーンの中に座っている小鹿の美しさは強烈な印象だった。
アーサー・ギネスが1759年に創業したギネス社は、JWTロンドンの主要クライアントであった。
アイルランド生まれのギネス。
濃い琥珀色でクリーミーな泡立ちは独特の味であった。
「GUINNESS IS GOOD FOR YOU」というヘッドラインは長く人々の心に残った。
ガーナのエンクルマ大統領がこのコピーを信じて、ギネスを愛飲したという逸話がある。
Brian Woy 1980/1981
英国人にとってパブは欠くことのできない生活の一部と言えるだろう。
だからイギリスにはどこの町にも村にも必ずと言っていいほどパブがあった。
イギリスには「Good Beer Guide」という全国のパブとそこのおすすめのビターが収められているガイドブックがある。これさえあればどこにいっても土地のお勧めのパブでおいしいビターが飲める。小旅行する時は必ず携行したものだ。
広告に興味を持つようになったのは大学に入ってからだ。
1964年の東京オリンピックも終わり、私は中央大学法学部の三年生になっていた。
さてこれからどうするか今後を考えなければならない時期で、叔父は法曹界を目指して大学院に進めと言ってくれた。有難い話ではあったが早く就職したいと思っていた。
そんな時期に読んだ「マディソン アベニューUSA」や「隠れた説得者」から新しい広告の世界に大変興味を持った。具体的に会社訪問を積極的にしたわけではなかったが、アメリカの広告の世界への強い憧れから漠然と広告を作る仕事に就きたいと思うようになった。
夏が来ると妻と小学校に入ったばかりの娘と、35キロもある大きな雑種の和犬を連れてロンドンに渡った1980年代のことを思い出します。
当時、JWTロンドンは素晴らしくクリエイティブな広告を手がける広告会社としてロンドン・エージェンシーの頂点にありました。
その卓越したクリエイティビティは優れたプランニング理念とその手法に裏打ちされていました。
その勉強をして東京に持って帰れという任務を負っていたわけです。
ロンドン・オフィスはバッキンガム宮殿、ハイドパーク、ボンド・ストリート等から近い、バークレースクエア40番地にありました。
JWTロンドンはアカウント・プランニングのパイオニアで、この分野でのリーダーでもありました。
今ほど世の中が刺激に満ちている時代はないでしょう。多様化するメディアから溢れる大量の情報と興味津々なエンターテインメントの中に生活しています。
しかし、私たちに与えられているのは1日24時間。8時間眠るとすると、生活時間は16時間、960分しかありません。だから、人は自分にとって面白い、価値のあるものにしか時間を割きません。
情報が、広告が、エンターテインメントがこの960分という限られた時間を奪い合っているのです。つまらないCMに人は付き合いません。ですから、広告をエンターテインメントとして考え、人は観客として見なければなりません。
観客は残酷で、つまらないものに、1秒たりとも時間を使ってくれません。人を魅了するコンテンツで楽しませなければ私達のブランドに時間を使ってくれないのです。
1980年頃の話になりますが、ロンドンに住んだことがあります。
ロンドン南西部のウインブルドンに近いパトニーはコモン(共有地)に囲まれた自然が豊かな地域です。その自然を楽しむために住民はコモンの地代を払って共有してきました。
そのため、今日まで何百年も同じ広大な原野が残せたのだそうです。
我が家には陸軍と海軍がいました。
正確に言えば陸(リク)と海(カイ)という2匹のブリタニースパニエル。当時、陸は10歳。体は白と茶。海は6歳になったばかり、白、茶、黒の三毛。
とても熱情的で活発な狩猟犬。
日本には空軍がなかったから空(クウ)という3匹目はないことにしていました。
「私たち」がセントアンドリュースのオールドコースをまわったのはもう十年も前の事です。
「私たち」とは私と家内の事でもなければ、私と娘の事でもありません。家内は当時まだゴルフを始めていませんでしたし、娘はまだパディントン・ベアに熱中していました。
それは11年前、私がロンドンに転勤になった時、家族と一緒に連れて行った犬のサムと私の事なのです。
びっくりなさるかも知れませんが、英国のゴルフコースの中には、犬を連れてプレーする事を認めているところがあります。セントアンドリュースのオールドコースもそうしたゴルフコースのひとつでした。
例のザ・ロイヤルアンドエンシェントクラブハウス」と、スウイルカン・ブリッジ」を前方に見て、18番ホールでティーショットをする私と、脇でそれを見つめているサムの写真を見る度、「私たち」のオールドコースでの一日が思い出されます。