パンナムの終焉
パンナムが経営不振に陥り、1980年代にJWTはパンナムとの代理店契約を解消した。長い間JWTのグローバルアカウントとして扱った仕事も無くなってしまった。パンナムのようなスケールのグローバルアカウントはなく、エアラインカテゴリーを埋める仕事の機会は1990年代に入るまでなかなか獲得できなかった。
しかしJWTを高く評価していたクライアントがいた。クラウザー氏である。氏は新しい仕事に就くとJWTに話を持って来てくれた。例えばアメリカ大手の携帯電話会社、USスプリントのマネージメントになったクラウザー氏はJWTにアカウントを移した!そして1990年にはノースウエスト航空の広報担当マネージメントとして就任するとJWTにノースウエスト航空(NWA)の扱いの機会をくれた。
NWAは戦前から運行していた日本にもなじみの深いエアラインで戦後、日本の航空会社が運航許可されるまでNWAが国内線を代行していた。戦後はデトロイト、メンフィス、アムステルダム、ミネアポリス・セントポール、成田をハブ空港としていた。アメリカとアジアを結ぶ路線ではミネアポリスと成田が重要な拠点のハブ空港だった。
※写真はWikimediaImagesによるPixabayからの画像
しかし、NWAには積年の問題があった。クラウザー氏はNWAというブランドの改善策を考えていた。
ノースワーストをノースウェストに!
ノースウエストをもじってノースワースト(最悪のノース)と陰口を叩かれるくらい評判が悪かった。機体、運行スケジュール等についてはコメントをさしひかえるが、サービス面での質は競合に比して劣っていた。
例えばキャビンアテンダントは成田からシアトルまでは国際線でCAもアジア系の若くてきびきびしたスタッフが担当していたが、シアトルからミネアポリスに向かう同じ機体でのフライトが国内線になると搭乗するCAは定年寸前のアメリカの老婦人!水の入ったコップも持てないくらいのひどさだった。
機内サービスが評判を落としたのも当然!いくら国内線の労組問題があって国内ではアメリカ人を使わなければならないとしても、他のエアラインと比較にならない程のひどさだった。乗客不在だ!
私は成田―ミネアポリスの国際線の直行便が開設するまでシアトル経由ミネアポリスのNWAの便は絶対に使わなかった。機内食も他のエアラインに比べひどいものだった。特にミネアポリス発の和食は、野菜の煮しめが中心の田舎の弁当のようで箸がすすまなかった。量は多いが質が伴わない!和洋食ともケータリングサービスの質は低かった。
NWAの赤い尾翼は危険信号かという人もいた。さんざんの評価だった。
JWTの仕事はノースワーストをノースウエストにするには?と、機体や運行スケジュールなどはJWTのような広告代理店が提案できることはない。従って未だ力を入れていないビジネスクラスの質の向上に課題をしぼって提案することだった。
ブランディング ワークショップ
クラウザー氏はJWTのアジアの主要各オフィスのスタッフをミネアポリスに集め、ワークショップを開催してくれた。1992年4月28日から30日まで色々と勉強した。エアクラフトハンガー(整備工場)で747の見学をしたり、トレーニングセンターでシュミレーターの操縦席についたり貴重な経験をした。
ワークショップ中に、クラウザー邸に招待されたのもいい思い出だ。
24時間働けますか?
ビジネスクラスのサービスの改善提案はまず乗客であるビジネス客のニーズを説明した。“24時間働けますか?ビジネスマン、ビジネスマン、ジャパニーズビジネスマン!”
このコピーはリゲインという当時の栄養ドリンクのコマーシャルで猛烈社員を侍に擬人化し唄われたもので、じつによく当時の日本のモーレツビジネスマンを良く表していた。
出張のビジネスマンの機内でくつろぎたいニーズをあらわすのにうってつけのメタファーだった。機内食、CAのサービスの質の向上の提案のプレゼンに日本人ビジネスマンを表すのに引用した。言わば運輸業からサービス業へのシフトを初めて理解してもらうきっかけになった。
因みに、和食は築地の高級料亭の監修によりセンスのいい上品な懐石料理風の和食が提供されるようになった。洋食も本社サイドで上質な機内食に改善された。
NWAはワールド・パークスというマイレージプログラムを顧客獲得と維持のために運用していた。その後、JALをはじめとして国際線を運航するエアラインが自前のマイレージプログラムを持つことになる。
マイレージプログラムは差別化の要因とはならなくなっていく。
NWAはこれはというブランドの個性を持つことはなかった。
その後のNWA
NWAは2008年にデルタ航空と合併し、2010年1月にNWAとしての最後の運行を終了した。
JWTとの協業も解消されていった。
余談だが、成田にあった機内食を手掛けるケータリングサービスの工場は今ではスーパー銭湯になっているという!
JWTとグローバアルアカウントのパートナーシップは今日では覚えている人も少なくなった。残念ながら華やかなマルチナショナル・エージェンシーとしてのJWTの立ち位置は見る影もない。ベテランの私達からすると残念で嘆かわしい。